
2025年06月4日
近年,持続可能な開発目標(SDGs)により,プラスチックのマテリアルリサイクルやケミカルリサイクルが推進されている。リサイクルによって生成される再生プラスチックには,原料に由来する添加剤などに加え,再生工程で非意図的に発生する副生成物など,多種多様な化学物質が含まれている可能性がある。 これらの化学物質は,再生プラスチック製品の廃棄に伴い,マイクロプラスチックなどの媒体を経由して水環境に放出された場合,生態系に影響を及ぼすことが懸念される。また,再生プラスチック製品に含まれる化学物質に人が曝露した場合,健康影響を及ぼす可能性がある。
化学物質を網羅的に分析する手法としてノンターゲット分析が行われるようになってきた。しかし,定性された化学物質の定量評価には,従来の分析法と同様に,物質ごとに分析法を開発する必要がある。分析法の開発には標準物質が必要となるが, ノンターゲット分析で検出されるすべての物質の標準物質が市販されている可能性は低く,特に非意図的に生成される副生成物は標準物質を得るのが難しい。また,分析法を個別に開発していくことは時間的にも,経済的にも,非常に困難である。
本研究では,以上の課題に対して,水素炎イオン化検出器と質量分析計のデュアル検出器を用いたポストカラム反応ガスクロマトグラフ(GC-MS/PR-FID)を用いたノンターゲット分析を,再生プラスチック由来の化学物質に適用し,網羅的な定性・定量分析を行った。さらに,再生プラスチック製品中に存在する化学物質の室内空気やハウスダストを介したヒト健康への影響や,廃棄後に環境中に拡散した場合の生態への影響を考慮した,リスクポテンシャルの推算スキームを構築した。
現在、下水処理法として用いられている活性汚泥法は、生分解が困難な医薬品を含む生活由来化学物質(PPCPs)の分解を想定していない。PPCPsは低濃度で生物に影響があるため、水生生物に対する予測無影響濃度(PNEC)が極低濃度である。そのため、PNECを超える濃度のPPCPsが、下水処理場の流出水から検出され、その影響が懸念されている。多くの努力の末に開発された医薬品の規制を避けるためにも、効果的な処理法の開発が望まれている。
PPCPsは生物学的処理法では除去が困難なため、物理化学的手法の一つである促進酸化法による分解除去法の開発が進められている。促進酸化法による分解反応は初期濃度によって、分解メカニズムが異なることから、処理性能を正確に評価するためには実環境中濃度レベル(低濃度)での実験が必要である。しかし、既往研究では低濃度のPPCPsの分析が困難である等の理由から、実環境中濃度と比較して高濃度で実験されている。
本研究では、日本の下水処理場流出水から検出されている抗てんかん薬のカルバマゼピン(CBZ)、解熱鎮痛剤のジクロフェナク(DCF)、抗ヒスタミン薬のフェキソフェナジン(FXD)を対象として、促進酸化法の一種であるフォトフェントン反応を用いて分解実験を行った。
難燃剤は身の回りの室内製品に数%オーダーと,高濃度で含まれ,室内空気を介した経気道曝露や,ハウスダストを介した経口曝露によりヒトへ曝露し,ヒトへの健康に悪影響を及ぼすことが懸念されている。一方,近年,製品との直接接触に伴う経皮曝露が,難燃剤の主要な曝露経路となり得ることが報告され始めている。既存の経皮曝露量推定法では,ヒトの皮膚や人工皮膚を用いるが,倫理的な問題や価格の面で課題がある。我々の既往研究において,製品との直接接触に伴う難燃剤の経皮曝露量測定のために,シリコーンシートへ移行した難燃剤の定量法を確立し,新たな推定法の開発を試みた。しかし,デバイスとなるシリコーンシートの厚みや製造メーカーの違いなど,製品からの難燃剤移行速度へ及ぼすデバイスの性状の影響については明らかになっていない。
本研究では,シリコーンシート性状の最適化による測定精度向上のため,シリコーンシートの性状が難燃剤移行速度に及ぼす影響を定量的に評価した。本研究では,一般住宅と比較して,より高濃度の難燃剤が検出されている車室内環境に着目し,カーシートを対象とした。
クロルピリホス(CPF)は、有機リン系殺虫剤であり、有機塩素剤クロルデンの代替防蟻剤として建築資材へ塗布・使用されてきた。CPFは、クロルデンと比較して高分解性かつ広範囲な殺虫スペクトルを示す一方、 急性毒性が高く、微量長期暴露に由来するヒトへの影響、特に神経系への悪影響が懸念されることから、シックハウス症候群や化学物質過敏症等の原因物質として疑われている。
CPFを含む有機リン殺虫剤の作用機序は、標的生物の体内で分子内のP=S基がP=O基へ酸化変換され、これに伴うアセチルコリンエステラーゼ (AChE)阻害能が増大することに起因する。一方、CPFは分子内に塩素原子を有する化合物であり、生体外では酸化変換よりも脱塩素化反応が 優位に進行すると考えられる。
つまり、室内環境におけるCPFの神経毒性をより包括的に明らかにするには、CPFだけではなく、CPFの脱塩素化体、加えてこれらの P=O体(酸化変換物)のAChE阻害を評価する必要があると考えられる。しかし、脱塩素化CPFは市販されておらず、その毒性についての情報は十分 とは言えない。そこで今回、CPFとその脱塩素化体、さらにそれらのオキソン体P=O基変換体を合成し、神経毒性を評価することに加え、さらに CPFとそのオキソン体の混合物を用いた複合的な神経毒性試験も併せて実施した。